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消失 [町のノオト]




   消失


ぼくらの瞳がうつしたことのない遠くの時間が

地平の起伏と共に ぼくらの肋骨の柵のむこうに 海のよう

 に沈殿している

そのレントゲンのような深いよどみの底に

身を横たえていた北京原人が

ある日音もなくおきあがると 影がずれていくように

うすガラスの透明さで ぼくらの皮膚からぬけ出していった



街路樹の一本一本をもみほぐし ゆずぎ出した深い空

風たちはだまってすれちがった

日蝕のはじまる直前のあわただしさで

鳥たちは喉を細めて鳴きながら 地平のはずれへとんでいっ

 た



すきまだらけの景色をうずめようとして

引力は血清のように澄み透りながら 生きものたちの背後に

 おりていった

すべての存在は不安そうに 「自分」をたしかめるためにふ

 りかえった

その時 彼らの瞳孔の中心に 去っていくものの姿がはっき

 り見えた



皮膚のぬくみをぬけだし

満員電車のドアから つめたいビルの窓や屋上からはい出し

 た北京原人たちは

外気にふれるとすっかりやせて 骨だけになっていた

寒さに歯や関節をならし まばらな肋骨の間から

海のように古い伝統をのぞかせて

互に声もなく仲間をよびあいながら 次㐧にふえていったそ

 の列は

水平線を越えて 地球のまるみのはてからぼんやりと消えた



だが人間達はふり返らなかった

からになった標本室に映っている水平線は浪立っているばか

 り

人々は厭きもせず互に憎しみあいながら

ばらばらになって街角を歩いていた

地球はひっそりと それらの景色をしょいこんで

長い時間をまわっていた






タグ:消失
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