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通訳者 [詩集 井戸]


   通訳者


通訳者は

物陰や木のうしろに隠れている井戸のように

かげり深いたくさんのことばの水嵩や

母音の響きをひそめて

ぼくらの耳の奥 眼の奥にしゃがんでいる



そして眼に見えないものの姿や形

耳にきこえない声をさがしあてては

物の落ちた水音のような響きをもって

その名を呼ぶ



呼ばれたものは 

水をくぐるように

通訳者の発見の中を通ってゆき

今迄見えなかった姿を

物蔭からあらわす



やがて洗われたイメージは

水の深みから汲みあげられたばかりの洗濯物のように

しずくをたらしたまま

まぶたの裏の空に通訳され

母音の響きとなって耳の中にこぼされる



血ににじんでほどけたガーゼの下から

しみ一つない真新しいガーゼが呼び出され

ぬかるみによごれたまま

ぼくらの眼の中に入ってきたびしょびしょの雪の下からは

白い雪のイメージと固いつめたさが呼び出される



傷つき疲れた姿で 倒れるように

眼の中を通ってぼくらの深みに降りてきた人影の中から

傷つかぬ人間の姿と 人間の体温がよび覚される

すべてのゆがんだものの中から

ゆがまぬ姿と鮮かな直線を洗い出す

雲のきれ間から秋空を洗い出すように



彼はどんなにたくさんのことばをたくわえているのだろう

ことばの陰影や響き 色あいを

一つ一つまちがいなく飜訳する彼は

どんなに厚い黒表紙の辞書だろうか

狭いものの中から広さを飜訳する彼は

どんな広い世界なのだろうか



それでいて姿を見せたことのない彼は

測ることのできない深さそのものなのだろうか

とらえにくい陰影だろうか

それとも無風だろうか

区切りのない広さそのものだろうか



空が外に

ぼくらの眼にしみるほどに晴れている時など

ぼくらの眼のすぐうしろに

彼が出ている気配が感じられる

耳のすぐ一枚うしろで耳を澄ましていることがある



けれどもその姿を見きわめようとすれば

ぼくらの眼には今迄通りの空や景色が映っており

耳には耳鳴りのようにそよ風が吹いているだけだ



姿は見えないけれども

彼はぼくらの中のどの路のはずれよりも

ずっとはずれに

初夏のひろがりよりももっと遠くに

ひそみつづけている

そして物陰や木のうしろで

いよいよ深く澄んでゆく井戸のように

しゃがんだまま

さがしつづける

すべてのものの奥にひそむ真実を



さがしあてては

水の響きのようにすき透る声で

それらを

ぼくらの眼や耳に そして魂に飜訳しつづける















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