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子守 [詩]




   子守


夏の蔭の中を通りぬけるように

血ぬれた両手をぶらさげたまま

死んでいる他人の心の中を通ってきた

何の話し声もきこえなかった

コオロギさえ鳴いていなかった



ただひんやりしているだけだ

そのつめたい空気の中を

誰にも気づかれずに

裸足でゆっくり歩きながら

他人の泣声の中で とり返しがつかない程

長い間忘れていた自分を

とりもどそうとしていた



背中にくくりつけたまま 泣声をたてない赤児は

喉の奥までひらいて

もうひろがることのない夢が 冷えている

わたしの頭は変に澄んでいる



くらくらと息ぎれるのをおさえながら 歩いていくわたしの

はすに切れた眼の中には

咲きほうけた野の中を 地平に走る一本道があるだけだ

ふるさとへの距離を断ちきっていた濃い海も越えて

誰も住まぬまま そこに置きざりになっている 自分の泣声

 の中へ

帰っていく道があるだけだ









 「詩学」 S31年 8月号







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