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稀薄な男たち [詩]




   稀薄な男たち


彼らは沈黙の領域にひそむゲリラであり

ぼくらの生の内部に

繊細な 眼に見えぬ 秘密組織をはりめぐら

 している。

その環(わ)はしだいに拡げられて

すでにはるかに ぼくらの生の場所(スペース)をはみだ

 している。



すべてのゲリラがそうであるように

彼らもまた いっさいの内的秩序の破壊をめ

 ざして

地下に潜行した。

言葉の既存の意味と響きを破壊し

感覚及び感性の慣性を否定する。

彼らは見えるものを信じない。

語られる意味を肯んじない。



「詩人」であることをすら彼らは恥じらい

「詩人」にそむいて沈黙の領域へ遠く立ち去

 っていった男たちだ。

それゆえに彼らの存在は

ぼくらの生の深みにまぎれて稀薄であり

彼らの輪郭を鮮明にたどることはほとんど不

 可能だ。

ガラス越しに見極めようとする家屋の内部構

 造のように。



だが彼らの聴覚は 稀薄であるゆえにいっそ

 う敏感にひらいており

ぼくらのそれより一回り広い彼らの視野は

透視力に富んで澄んでいる。

わずかに窺い得た彼らの表情は憂愁にみち

彼らの手はかなしそうに垂れている。

時あってその手は故なく撃たれた小鳥を吊し

 て重い。



彼らは常に孤独であり

そのパーソナリティーは確固として保たれて

 いる。

彼らは多数の中の少数であり

少数である以前に個人だ。



彼らはいっさいの信頼を破棄することによっ

 て彼らの信頼を培い

あらゆる連帯を峻拒することにおいて連帯する。

彼らの信義は 信義を肯んじないことによっ

 てからくも成り立っており

組織の破滅をめざす共通理念によって

彼らの秘密組織は組織されている



彼らは沈黙を唯一の武器とし

想像力の駆使によって世界を再構築しようと

 心がけるーー



海に関する総てのイメージを解体し

彼らは 海をただ原初以来の深さとつめたさ

 において認識する。

彼らの感性は夕焼けをいかなる意味づけから

 も濾過し

その色と広がりにおいて純粋に現象し 魂に

 沈める。



彼らが一人の人間を量るために必要とするものは

その者の頬に光るただ一滴の涙で充分であろう。

彼らは量られないものによって量り

語られないものについて語る。



彼らはぼくらの魂の曠野から遥かに来て

「現在」を横切る。



その時 ぼくらの唇から血の気は失せ

頬笑みは頬に消え

眼は恐怖にみひらいてまばらかず……

ぼくらは存在の芯まで青ざめて 立ちすくむ

 だろう。

「友愛」も「信義」も「信条」も瓦礫と化し

ぼくらが依拠するいっさいの「価値」は

空無に等しいものとなるだろう。

彼ら 稀薄な男たちーー

ぼくらの内部の遠い夕焼けにすきとおり

渚に沿って果てしなく歩き

いちめんの雨に消え

そして晴れた夏の午後 ぼくらの生の人絶え

 た裏通りを

静謐のようにしのびやかに素足で過ぎる。












 「詩学」 S51年6月号





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