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若干の註釈 [詩]





   若干の註釈


   ⅰ 飛天

          ーー薬師寺東塔


飛天は青空を見あげ

それからしずかに眼をおとした

あまりにすべてがみえすぎて

こっそり笛をふこうとした



けれどもはるかな宇宙のはての

ガラスの机の上に笛を忘れてきてしまったのを思いだし

(秋の陽だまりの中でそれは何千年の感情をひそめたまま鳴らない)

凍った水煙の中で

飛天は眼をつむり

しずかな宇宙の運行をきいた

遠い空のはてをだまって歩いている

神々の跫音もひそかにきこえ



今日も地球は秒速三十キロの速さで

深い天気と それから

天気のはずれに細く降っている雨の中を通りながら

太陽のまわりをとんだ



笛を忘れた飛天は また

青空を見あげ

それからしずかに眼をつむった



その間に 歴史は重そうに吐息した



   ⅱ 地球


ぼくは地球をおとした

地球といっしょに景色をおとした

そして引力をうしなった

宇宙の運行をはるかにききながら

はてしない底へおちていった



おちながら引力のなんであるかを知り

地球のかなしみをはじめて知った



その時ぼくは

もう一度地球に帰って

みんなと仲良く暮したいと思った



どんなに貧しい人もばかにせず

どんな生意気な奴とも喧嘩せず

そしてどんなつまらない景色をみすてず



ぼくはおちながら知った引力のことや

地球がどんなに小さいかといったようなことを

人々としずかに語りあいながら……



宇宙のはてをころげおちながら

ぼくははじめて心からそう思った










 「詩学」 S55年 1月号



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