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家屋 [詩]





   家屋


おびたたしいまばたきに濾されて

眼は 外に 世界を置いたまま

その者自身の内部を素通しにした



空を映し 夏を映し

木立の繁みや 夕焼けや

そして 路のはずれからやって来た細い雨など

その時々の映像を濾過しては しだいに澄んでゆく眼の

素ガラス越しに見る彼の内部は

「時」に掃過された旧い家屋の内部のようだ



留守を深めてひろがる「生」のなかに

繊細な内部構造がひそんでいた

土間や 廊下や……

廊下のはずれには勾配の急な階段などもあり

裏窓を通して背後の世界がつきぬけて見えることもあった



かすかな血の匂いと

稀薄な消毒液の匂いにただよわせ

時に 風にふきぬけられて



誰も住んでいる気配はなかった

永年住んでいたはずの悲哀も思い出も

「時」の掃過にいつしか消され 今は

がらんとした「生」の間どりが残っているだけだったが

時々 水の流れるかすかな音がしていた

素ガラスに夕焼けが映えている頃

台所や洗面室のある「生」の奥の方で



独りとどまった魂が

眼に濾されて入ってきた世界を

水洗いしているのだろう



血を流して 真直ぐに墜ちてきた鳥や

受けとめてやれなかったことを

悔やんでいる空の深さや地平線

腹を裂かれた魚のイメージ

沈没した船の残像と水平線

船と共に沈んでいった者たちが

最期にあげた短い叫びや そのあとの沈黙

或いは 半分現像されただけの人の顔や

水と共に洗面器に脱いだ 魂自身の

青ざめた表情といったようなものを



魂は「生」の奥処に住み

時に 廊下のはずれや土間のあたりにまで出てきて

まばたきの合間から 立ったまま

外を見ていた



見ることによって魂は 世界を発掘していた

そしてそれを現像しては 沈殿させていた

「生」の深みに 鮮明な形象として



彼の思念の廂は世界の中へ

ますます深くさし出され

廂の下の翳りの中でまばたきを重ねる眼は

彼自身の内部構造を素通しにしていった



「時」の掃過にさからって

彼は世界の中へ○更に深入りしていくだろう

まばたいてもまばたいても

濾過しつくせぬ世界の中へー

繊細な内部構造と

立ったままの魂を連れて

時に 水の流れる音をさせたりして











 「詩学」 1972(S47)年 1月号

 ○は字がつぶれていて読めませんでした。




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