子供たち [詩]
子供たち
子供たちは変身する
オルフォイスのように
大人たちにはもう見ることのできない
深々とした空を映した二つの眼のむこうで
彼らの変容は音もなく行われる
雨が
ほとんど無音に近いかすかな音と水溜り
そして家並や景色を降る前と寸分違わぬもと
どうりの姿で青空の下に残して
路のはずれから何処へともなく去るように
蒸発皿の底のわずかな水が
蒸発時の冷気だけをかすかに残して乾いて消
えるように
彼らは彼らの中から消え去る
彼らの脚には眼に見えない速力がひそんでい
る
けれども彼らの実際の足はよく歩けないから
大人たちが彼らの体に合せて与えた
程よい広さの世界や囲いをそこに置いたまま
で
遠く出かけてゆく
囲いの中に異様に深い二つの眼だけを残し
その眼に今迄と変らぬ景色を涼しく映したま
ま
彼らは別の青さの空がひろがっている世界へ
入ってゆく
別のさわやかな夏がひそんでいる世界
別の音の世界へ出かけてゆく
誰にも見えない世界
子供たちだけに見える世界へ
彼らは姿を消し 足音を消して
その世界を歩く
風が通り過ぎるように
わずかに木々の枝々と
空を映した表通りの素ガラスが
通り過ぎてゆく気配に不安そうにふるえてい
る
姿を消した彼らはその世界のはずれで
本当の海の深さとつめたさを見てくる
無色の彼らはいつか海の色に染まる
そして彼ら自身深い海になって帰ってくる
海に変容した彼らは夜どおし敷布の上であふ
れそうにしている
見ひらいた二つの眼のむこうで遠い海鳴りが
きこえる
雨に逢うと無色の彼らは雨になった
そして通りの木々やガラスを濡らしながら
その世界から青ざめた唇をして帰ってきた
彼らはその世界ではじめて風の顔を見る
風は何時も坂の上から白い顔をして下ってき
た
その白い顔のまま木々の葉とひそかな声で立
ち話しているのを盗み聞きしてくる
空を焦がした遠い国の火事について
夕焼けの道のはてに立ち
片頬を赤く染めて渦巻く泣声をあげていた迷
い子について
夜明けに死んだ者達についてーー
そして透明な彼らは風になる
それらの火事や子供たちの姿を眼の中に入れ
て
風と同じ白い顔をして帰ってくる
一晩中彼の体の奥でことこといって風は鳴って
ている
そして或る日 どこからか帰ってきた子供は
いつまでもいつまでも泣いている
どんな慰めの言葉もお菓子もだまらせること
ができず
子供は夢の中まで泣いてゆく
子供をとりまいて大人たちは囲いをつくる
囲の中から決してぬけ出さぬように
大人たちは囲いの外からのぞきこんで
時に海になり時に水溜りになる彼の体の深み
に
薬を沈める
けれどもそれは彼の体の中でたちまち化学変
化して
彼の海や水溜りをいっそう深くする
そしていつか泣き止むと
彼らはまた出かけてゆく
大人たちが気づかぬ中を息をひそめて
手をはなれて飛んでいった風船をどこまでも
どこまでも
追いかけてゆくように 何物かにひきつけら
れて
彼らは囲いをぬけて出かけてゆく
自分の小さな囲いの中に
何物か遠い一点をみつめている異様に深い二
つの眼だけ
時に音もなく笑ったり涙をながしたりしてい
る二つの眼だけを残して
「現代詩手帖」 1961年 4月号
2015-07-05 20:21
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