三つの詩集 (その1) [評論 等]
三つの詩集
今月からこの欄を私が担当することになっ
た。詩に関する私の知識は貧しく、私の視野
は狭い。体系的な詩論というものを持ち合せ
ていないために、いきおい私の物言いは一面
的になり、多くの誤ちを犯すにちがいない。
そうであっても私は、自分に即して物を言う
より術はない。もう一つ、他人の作品批評を
しながら常に感じることは、自分の「言」と
「行」との不一致ということである。私もま
た詩を書く者である以上、いかなる揚言をし
ようと絶えず心に返ってくるものがある。
「それでは自分は(自分の作品は)どうなの
か?」という反問である。私は激しい羞恥の
中にうずくまるよりほかはない。ともあれ、
批評の対象となった当の詩人やその他の人々
が、私の発言を批判してくれるならば幸いで
ある。それらを扶けとして私は学んでいきた
いと思う。
この欄は詩書批判のことです。(管理人注)
以下、その2へ続きます。
「詩学」1968年 11月号
2015-07-15 20:55
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