SSブログ

石垣りん詩集『表札など』など   (その3)   [評論 等]





 私は「弔詞」を心ふるわせて読んだが、心

のふるえにつれて私の頭の芯はしんと澄んで

いった。そしてそういう頭の片隅で、中野重

治氏が「私にも連帯責任があるのか」(評論

集『春夏秋冬』所収)の中で、日本共産党創

立四十五周年記念募集作品『党を主題とする

歌』佳作四篇について書いている次のような

言葉を思いうかべた。

 「いったい、ここに、何かが歌われている

だろうか。苦痛のひと切れ、よろこびのひと

切れでもがここにあるだろうか。党創立四十

五周年記念だからといって、四十五年間の歴

史、事蹟が歌われねばならぬということはな

い。しかしまた、それがまるでひと切れも念

頭にうかばぬということが詩人にとってあり

えるだろうか。明治期以来のさまざまの労働

者運動、革命運動がどんな道を通ってきた

か。(略)どんな苦痛と困難とのなかで、治

安維持法の下であれだけの信頼をーーそれを

今や『神話』として葬りたがっている連中が

うごめいているほどーー多くの人々からよせ

られる党が維持されたか。そのためにどれだ

けの人々がたおれたか。また特にどれだけの

女たちの大きな献身があったか。(略)何で

その基礎をきづいた人々とその事蹟とにひと

言も触れないのか。触れたがらぬのか。」

 つまり私は、中野氏が「佳作四篇」の作者

たちについてここで指摘しているものとは全

く反対のもの、全くそれらと対蹠する態度

で、石垣氏が詩「弔詞」を書いていることを

指摘したかったのである。戦没者名簿が職

場新聞に掲載されなかったならば、当の職場

の人たちですら思い出さなかったであろう一

〇五名の人たち、ましてや職場以外の者たち

にはその存在さえが知られずにいただろう人

たち、つまりめだたぬ仕方、生き方で、私た

ちの今日の生活の「基礎をきづいた人々とそ

の事蹟」をこそ、石垣氏は一途にうたってい

る。詩集『表札など』に収められた三十数篇

の詩の主題は多岐にわたっているが、右のよ

うな態度はこの詩集に一貫している。












以下、その4へ続きます。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。