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歌 [詩集 井戸]



   歌


あじさいの世界は深く

花びらのかげりのむこうに

空はとおくまで晴れて ゆきつくことができない



その空のはて 気のとおくなるようなはてで

海は素足のまま みちひきしている



あざやかで濃い海だよ

それは とおいとおい

手のとどかないところに寄せている海

はじめての夏に ひと時

ひとのひとみにまでみちてきて

ひとみの奥の空や天気を濡らしていった水の色

やがてそれをとどめようとするどのような手からもこぼれて

後姿を見せたまま

夏のむこうへ

無限にひき去っていったあざやかな海

今はあじさいの世界のはてにしかない水の色



耳を澄ますと

潮騒が

はるかな記憶の中をとおざかってゆく人声のように

かすかにかすかにつたわってくる



夏の深まるにつれ

あじさいの世界も深まって

海はますます あざやかな色のみちひきをくりかえす

ただ無際限にひき去るためにのみ

波うちぎわにさしみちてきては

前よりもいっそう遠く しりぞいてゆく

もう何ものにもみだされぬ静かな世界で

海はひき潮のうたをうたっている



いつはてるとも知れぬそのみちひきに

花びらのかげりをかさねながら

晴れた夏の日ざしの奥で

あじさいは はかなげにうちふるえている



見ているだけでひとのひとみはかなしげにかげってくる

夏の中で思いを深くしているひとの心もかげってくる



どこへひいてゆくのだろうか こぼれもせずに

さらにとおいどんな世界へかえっていかなければならないのだろうか



やがて夏のおとろえとともに

あれほどあざやかにひらいていたあじさいの世界も

空の中にうすれてゆき

ひき潮のひき去るとともに消えてゆく



わたしの耳底に

ひき去ったあともかすかな潮騒が残り

そうしてそれにききいっているうちに

わたしの心の遠くから

水の色のみちてくるにもにて

しだいにせつなさがさしみちてくる











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