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カリュアテイデ [詩集 井戸]


   カリュアテイデ


「重み」そのものの姿で いっしんに

空の下に立っている

はねかえる弾力をためて わずかに身をたわめながら

いつまで待っても思いきりはねかえる機会と期待を

先へ先へとのばされつづけたバネの苦痛の姿のまま

いくつもの夜をくぐり

いくつものひるまの深さをくぐりぬけながら

永遠の出はずれに空に洗われて立ちつづける

立ったままいのち朽ちてゆく女体人柱(カリュアテイデ)の女たち



ほっと息を吐き 力をぬくことも

自分を消すこともできずに

きり際限なく立ちつづける



(おまえたちが そうして はるかな大地のはてに

立ちつづけているために

ぼくらの「生」もさっぱりしない

肩に何かがつかえているように

払いきっていない負債でもあるかのように)



女体人柱(カリュアテイデ)の女たち

なにゆえに そうして立ちつづけるのか

体の片側から片側へと

翳(かげ)りをずらしてゆくように支点を変え

重みを散らし 身をかわしては耐えつづけたはて

すべての身のゆらぎと余裕

どのようにわずかな身づくろいも姿態(ポーズ)のゆとりも脱ぎ落し

今は中心そのもので ゆれもせずじっと支える以外にない

手をふれかねる危険な姿



それほどに体をくずすことも 力をぬくこともできぬ

どんな重みが

おまえたちの肩にのっているのか

それはどんな罰か?

「神」ほどにも説明のつかぬ深さか?

つかみどころのない大きさか?



かつておまえたちの上にのっていた神殿も

そこに住んでいた無のように姿を見せぬ「神」も

おまえたちとの根(こん)比べには耐えきれず

今はもう あきらめて 自分から

きれいに崩れ落ちてしまった

そして自然と時は

おまえたちを横たわらせてやろうと

あたたかい思いやりから

晴れあがった空だけを残していった

そよ風は古代そのままの海の匂いをはこびながら

おまえたちの耳もとに来てやさしく告げる



「もうお行き

なにもかもなくなってしまったのだよ

おまえたちの上に 今は

支えるべき何の重み 何の罰

どのような『神』もいないのだよ

ただ空と深い忘却とがあるばかり

さあ 早く行って横になっておやすみ

そしてむだに過ごした若さをとりもどし」



ギリシャの空は今日も晴れて深い

心にまでしみる悲しみのように

けれども眼には見えぬどんな重みが

どんな罰 どんな掟てが

そしてどのような自分の「神」が 今もなお

おまえたちの上に位(くらい)しているというのか



女体人柱(カリュアテイデ)の女たち

払いのけられぬ重みの下で

成熟は若々しい女体をわずかにくねらせ

べそをかいて悲しんでいる

「いのち」はほとばしり出る口を失い

ふくらみそめた乳房は

満ちてきた海をたたえたまま

おまえたちの「女」からも忘れられている

遠い満ち潮の音

そしてもっと遠く ひき潮の音



おれもせつなくなってくる

中途半端な立ちようをした姿を思うと

いっそう苦痛がつらくこたえてくる

せめて立つなら立つでしゃんと腰をのばしておくれ

いっそ じだらくに思いきり身をくずしてみてくれぬか

重さから肩をはずして

雨がこぼれ出るように

自分の外へ一歩を踏み出してみてくれぬか



だが女体人柱(カリュアテイデ)の女たち

律気なおまえたちは 立ちつづける

筋肉一つゆるめもせず

苦痛そのものの姿で

長い時間を耐えつづけたはてに

いつか身軽になる時があるとでも信じているかのように

何のあてもないのに









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