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夭折した二人の詩人 ーー勝野睦人と好川誠一 (その1) [評論 等]



   夭折した二人の詩人

      ーー勝野睦人と好川誠一


 夭折したこの二人の詩人に、私は、一度も会

ったことがなかった。手紙のやりとりをした

こともなかった。もっともほとんどの詩人に

面識を持たない私にとって、このことは各別

のことではない。彼らと私とは、たまたま、

詩という路上を顔も知らぬまま或る一時期共

に歩いていたことがあった、というそれだけ

の偶然を持ち合わせただけである。しかし私

には彼らが忘れられない。彼らは驟雨のよう

に降り過ぎ、たちまちのうちに降り上がってい

ってしまったが、彼らが詩の路上に残してい

った、小さいけれども新鮮な水溜りは、私の

心の中で何時までもかわかずにいる。勝野に

してもの好川にしても、私たちの世代以下の世

代には、すでに忘れられているのではない

か。彼らの詩が色褪せてしまったという理由

からではなく、めまぐるしく移り変わる詩壇

の、新奇を追い求める風潮が彼らの存在を忘

れさせた。



   ふかい眠りにおちいってしまうと

   かれはちいさい部屋になるのだ

   時間は粉雪のようにその回りをさまよい

   ときよりとざされた小窓を叩く

   丁度ひとりの友人が

   ふとかれの肩に手でもかけるように……

   すると 静まりかえっていたかたのなかで

   誰かが寝がえりを打つけはいがきこえる

   裸電灯の眼が一瞬しばたき

   食卓に据えた灰皿から吸いさしがころがる

   ーーそのように かれの眠りの底へも

   なにかがころげおちてゆく物音がきこえる



これは勝野の「部屋」と題する第一連

であるが、全五連から成る彼の詩の世界の自

足した姿は、右の短い引用によっても充分に

うかがい知ることが出来るだろう。一九三六

年に生まれ、一九五五年から詩を書き始め、

一九五七年の夏には交通事故で(たしか彼は

本郷の歩道を歩いていて、暴走してきた車に

はねられたはずだ)、二十歳の生涯を閉じた

勝野の、わずか三年足らずの間に書かれた作

品は、そのどれもが完成した姿を示してい

た。



  透明な あなたのリキュール・グラスに

  ともあれこころは注ごうとしつづけ

  そうして 食卓を濡らすばかりなのでした

  ーーこころは 水平でなければ耐えられないので



と、勝野は別の作品の中でうたっている

が、彼の透明な詩の器の内には、不安におか

された彼の生が溢れんばかりの深さで湛えら

れていた。彼は何かにじっと耐えていたようであ

る。彼の詩の持つ静謐は、こぼれようとする

心をこぼすまいとしてけんめいに耐えた、そ

の不安な均衡の上にかろうじて保たれたもの

であった。そこには一種の危険が予兆のよう

にひそんでいる。しかしそれは自足し完成し

た作品がおのずと顕現する危険であり、危険

がそのまま安定に通ずるという、そういう性

質のものであった。繰り返し言うが、彼の詩

の静謐と均衡は、彼の源泉力の穏和ない

し稀薄さによってもたされたものではな

い。生の充溢がおのずから示した姿であっ

た。



  ずろーす しゃつ ずろーす しゃつ ぱんつぱんつぱんつ

  ずろーす しゃつ ずろーす しゃつ ぱんつぱんつぱんつ



 「洗濯物のうた」と題する詩の中に用いら

れたこの微妙な響きを持つリフレインが、時

として私の心に鮮かによみがえる。まだ乾き

きらぬままに、青空の中でひるがえっている

「ずろーす」や「ぱんつ」のイメージは、勝

野自身の不安にみちた素裸の生を表してい

るようだ。まぶしいほどにもふっ切れた響き

を表面に持ちながら、その底にもの哀しい陰

影をこのリフレインはひそめている。あから

さまに口に出して言ってはならない言葉を

(例えば女性の性の名称などを)…それ故に

かえって言ってしまいたい思いは推積するの

であるが、それを或る時思いきり口に出して

言ってみた、そういう経験を私は少年の頃の

思い出の中に持っているが、その時に感じた

快感と、すぐにも口をおおいたくなるような

羞恥心との入りまじった複雑な感情に似た響

きが、このリフレインにはこめられているよ

うだ。おそらく生の実体にあからさまに触れ

ることには、このような快感と羞恥の入りま

じった哀しみの感情が伴ってくるものなので

あろう。



  









以下、その2へ


 「詩学」 S46年 9月号

 便宜上、2回にわけさせてもらいました。

 詩の引用は「」をはずし、短縮なのを、戻したのもありますのでご注意下さい。

 勝野睦人遺稿詩集はこちら

















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