短歌的抒情覚書 1 (その1) [評論 等]
短歌的抒情覚書
ーー小野十三郎の否定論を中心に
1
あが母の吾を生ましけむうらわかきかなしき力おもはざらめや
歌集『あらたま』中の茂吉のこの歌を引用して、芥川竜之介は次
の様に書いている。
「菲才(ひさい)なる僕も時には僕を生んだ母の力をーー近代の日本の『う
らわかきかなしき力』を感じている。」(「斎藤茂吉」)
芥川の言うところの「近代の日本」はそれ自身「近代」となるた
めにおのれを生んだ前近代との対決を経ていった。そしてそのこと
によって近代は自身「母」としての「うらわかきかなしき力」を備
えていったと言うことができる。「近代の『うらわかきかなしき
力』は、母親としての自分に対決を迫ってくる性格の子をわが子
として生んだ(或いは生み得た)ことに於てすでに一つの力であっ
たわけであるが、しかしそれにしても本当にそれが力となり得たの
は、母の力を真正面にひきすえて母の発見へと迫っていった子の対
決を待ってはじめて真のものたり得たということが出来るだろう。
つまり子の側から言えば、母を発見する為にそれに迫ってゆく子と
して母親の前に立つことを通じて以外には、彼は本当の子たり得る
ことは出来なかったのであり、同時にそうなることによって彼は母
親をもまた本当の母親にしたのであった。
短歌研究 S36年4月号
以下、1の(その2)へ続きます。
歌はスペースをとり、一行にしました。
2015-05-05 16:15
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