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短歌的抒情覚書 3  (その2) [評論 等]




  めん鶏(どり)ら砂あび居(ゐ)たれひっそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり


  山川のたぎちのどよみ耳底にかそけくなりて峰を越えつも


  こらへゐし我のまなこに涙たまる一つの息の朝雉のこゑ


  なんばんの黒ふねゆれてはてし頃みごもりし人いまは死にせり


  しんしんと雪(ゆき)ふるなかにたたずめる馬(うま)の眼(まなこ)はまたたきにけり


  すき透(とほ)り低(ひく)く燃(も)えたる浜(はま)の火(ひ)にはだか童子(どうじ)は潮(しほ)にぬれて来(く)



  赤光(しゃくわう)のなかに浮ぎて棺(くわん)ひとつ行き遥(はる)けかり野は涯(はて)ならん


                                  ーー以上茂吉


  幾度か逆襲せる敵をしりぞけて夜が明け行けば涙流れぬ


  退きし敵は谷間に集りて死屍埋め居りと斥候の言ふ


  担架決死隊幾組か出しが尽く傷きて暗し尾根形山に


                                 ーー以上渡辺直己


  知らなくてありなむものを一夜ゆゑ心はいまは昨日にも似ず


  すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも


  脱ぎすてて臀のあたりがふくだみしちぢみの単衣ひとり畳みぬ


                                 ーー以上長塚節


 手もとにある歌集のうちから三冊ぬき出し、それぞれの歌集から

任意に選んだ。

 例えば茂吉の「めん鶏ら砂あび居たれ……」について言えば、上

句と下句のぶっつけ合いによって一首中に展開され形象化されて世

界ーー抒情は、この短歌に於ける三十一音字音数律のもたらす「リ

ズム」と不可分に密着しつつ、しかし小野の言う意味での「形式」の

ワクを越え、或いは「秩序の廻転」によって「見るかげもないも

の」とはならずに強靭な抒情の世界をつくり上げていると思うので

ある。そしてその抒情の質は例えば小野が「まことに鋭い。リアリ

ズムは人間の深層心理と感覚をくぐると、かくの如き即物的な把握

力と、新鮮なイメージを誘発させる」好例としてあげた長谷川竜生

の「理髪店にて」と題する次の詩と比較して、まさってこそいれ決

して劣るものではなかろう。



  しだいに

  潜ってたら

  巡艦鳥海の巨体は

  青みどろに揺れる藻に包まれ

  どうと横になっていた。

  昭和七年だったかの竣工に

  三菱長崎で見たものと変りなし。

  しかし二〇糎備砲は八門までなく

  三糎高角などひとつもない

  ひどくやられたものだ。

  俺はざっと二千万と見積って

  しだいに

  上がっていった。

  新宿のある理髪店で

  正面に嵌った鏡の中の客が

  そんな話をして剃首を後に折った。

  なめらかだが光なみうつ西洋刃物が

  彼の荒んだ黒い顔を滑っている。

  滑っている理髪店の骨のある手は

  いままさに彼の瞼の下に

  斜めにかかった。



 私が茂吉の一首に於ける抒情の質をこの詩のそれと比較して少し

も劣るものではなかろうと言うのは、そこに展開された抒情の世

界、質そのものが、そしてこの一首及び一作品が一首及び一作品と

して完結した後に、私達の思考の世界に迫ってくる拡がりの大きさ

と働きが同様に積極的であり、すぐれているという意味に於てであ

る。茂吉の短歌が、この場合「けり」という詠嘆及び完了を同時的

に含んだ助動詞によって一首完結しているという語法上の機能が関

係して、長谷川の詩に比べて外形上は自己完結的な世界を構成して

いるとみてみられなくはない。しかしこの一首がもたらす抒情は決

して自己閉鎖的な質のものではない。

 長谷川の右の詩について「合目的簡潔性といった点から言って

も、私の好きな詩」であると言っている小野は、彼の言う「合目的

簡潔性といった点」からも(勿論私は短歌の形式について安易に考

えてはいない。)三十一音数律が生む「リズムには一定の思想し

か乗り得ない」という仕方ではなく、短歌の形式の問題をもっと慎

重にとり扱い、その上で、彼の否定的見解を述べるべきであろうと

思う。











以下、その3へ続きます。

短歌は1行にして、スペースをあけました。詩は短縮していたのを戻しました。






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