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磁石 [詩]





   磁石


北へーー

わたしは針路をとりつずける



あの透明でとらえがたく

絶えず変転をくりかえしながら

わたしの世界を貫いて 生存の深みにひそみ

ふと まぶたの裏に鮮かにこみあげる一本の極北線

まぎれもない「自分」に重なろうと

わたしは絶えずゆれつずける



さまざまの出来事と物語を重ね

色とりどりの陰影とイメージをひそめた

「生」の文字盤の上で



どこからわたしは乗りこみ

いつからわたしは始まったのか

南からか 西からか 東からかを

知らない

嵐の只中を 海の掟に従いつつ

ひたすら現在を航海しつずける船が

どの港から出発してきたのかを

今は憶えていないように



めざめた時

わたしは「生」の深海の上に

そのめまぐるしい流動と変転と静謐の中に

身を置いていた



しだいに深まる「生」の中で

わたしはわたしの不安をつのらせ

生きることへの意志をもつのらせていった

しかし わたしを生存の海の上にひきつけ

逸れることからわたしを支えているものが

何であるか

いかなる磁力

どんな厳しい掟であるかを

わたしを知らない



ただわたしは

北をーー

「自分」を

一つの方位をめざす

めざして ひたすら現在を航行する



夜の深みとひるまのはてしない領域

ひなたとかげりの中を 出入りし

邂逅と離別

悲しみと思い そして痛みの境を

左にゆれ 右にはずれ

誤った生の部分を消そうとして かえって

反対側へ また自分を大きくそらしては

悔恨を残しながら ある時は「自分」を見失ない

方位をふみはずし

ぐると大きく南に

あの精算してきたはずの過去に向い

またある時は 激しいめまいの中に身を置き

極小から極大へと そしてまた極小へと

不連続にくりかえすわたしの振幅の中に

今迄のぞいたこともない世界と天気図をひろげながら

しかしそのあとでは わたしは激しく

わたしを訂正しにかかる

今迄そこにいた自分を そして海を

次の瞬間には消して

何度でも初めから自分をやり直す

やり直すたびに

「自分」への予感が「生」の文字盤の中心で

わたしを一層めざめさせる



そうしてわたしは孤独に堪えつつ

しだいに深まる「生」の領域の中へ

はてしなく自分を脱ぎ

まぶたの裏にあふれるイメージを整えながら

また新しく出発する

一つの方位

北をーー

まぎれもない「自分」を

ひたすらめざしながら










 「詩学」 S40年 1月号





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