火事 [詩]
火事
古くから受継がれてきた火事が
今も ぼくらの内で燃えつづけている。
魂の空を焦がし
地平線のあたり 家々の屋根を浮きあがらせて。
妙に静まりかえった内部のその街には
人影もなく
消防自動車のサイレンもきこえない。
出火原因の究明も
類焼面積の調査もなされた形跡がなく
火事は 燃えるにまかせて放置されている。
誰も自分の火事に気づきながら
誰もそれに気づかないふりをしている。
時々ぼくらは相手の眼をのぞきすぎて
そこに火の手を認めると
互いにあわてて視線をそらし
急に話題を変えたりする。
ぼくらの生が始まると同時に
何者かによって放たれた火は
ぼくらの生を焼きつづけ
悔恨の灰燼をあとに残し
魂の空を焦がしながら燃えひろがってゆく。
「詩学」 S58年11月号
2015-06-08 19:50
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