否定的な感想 (その1) [評論 等]
否定的な感想
この数カ月の間に私が読んだ八、九十冊の
詩集の中には、観念的、或いは遊戯的とでも名
づけられる傾向のものが、かなり多くあっ
った。今月読んだ詩集についても同様なことが
言える。観念的傾向といっても、ここでは主
として、詩にむかう詩人の態度を問題にして
いるのであって、詩がとり扱っている主題や
世界に直接かかわらない。詩にむかう態度
に隙があり、その結果作品が拵物になってし
まっているのだが、あたかもそれを詩である
かのように錯覚し自己満足におちいっている
傾向を言うのである。私のこういう言い方は
批評家的であるかも知れず、当の詩人は誰よ
りも自分の欠陥に気づき、自分なりの仕方で
自己脱却を試みているのであろう。しかし当
人の持つ詩についての「知識」がかえって災
いし、対象にじかにむかうことを妨げ、発想
そのものを限定してしまい、詩を観念的遊戯
的なものにしてしまうということにもなりか
ねない。私たちは自分が既得したところの、
そして常々詩作のよりどころとしている詩観
ないし詩意識を、絶えず反省しつづけること
が必要なのではないか。
以下、その2へ続きます。
「詩学」 1969(S44)年 7月号
2016-01-28 19:54
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