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深夜叢書 [町のノオト]



   深夜叢書


 すりきれた石疊の四辻を曲った向う ひっそり暮れた路の

はずれに信号のようにもえている灯(ともしび)を 暗闇がゆらしていた。

光は手元までとどかなかった。しかし手さぐりで紙の表と裏

をえりわけた。それは間違うことがなかった。祖国の山河が

すかしのように重なっているのだから。字づらを削り落され

た活字たちが深い夜の底の星のように つめたい鉛の肌を洗

われた時に 削らせることの許せぬ文字を活字工は刻んでい

った。そして自分の皮膚で字づらをえりわけ 闇の底で植字

工は綴りを間違えなかった。そこに愛する者の姿がきびしく

立ち ふるさとの河が流れているのだから。それを失う時

心のよどみから最後の綴りが 人間の名が消えていくのを知

っていたから。

 奇妙な沈黙の中に立ち つめたい処刑場の石塀を背負い

めかくしされたまま倒れてゆく者の澄んだまぶたに血のぬく

みがこみあげた。張りつめたこまくに消えることのない河の

流れがせまった。

 ふき消えてゆく灯(ともしび)の芯の音。

谺のような死のリフレインの中にうなだれずに立ち追憶す

る人々の深い影。流された血の色こわされた皮膚の数ふり落

されていった者たちの叫びの重たさ。それらが活字の背後を

流れてゆく。そしてその向こうに立つ人影の奥に新しく燃え

あがる炎の色。在るものの総てを静かに吸いこみ 深い夜の

底でえりわけた紙を活字がかんでゆく。鮮やかなしかし重いイ

ンクじみ。一つの綴り 一つの頁。それらが重なりあって流

れる深い流れ。やがて岸辺に立って姿をうつす者の為に そ

の底に そうあるべき そしてそうあった者の姿をゆすいで

いく。






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