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ソルベーグの歌 [町のノオト]




   ソルベーグの歌

           冬は去りて 春はゆき 春はゆき

           夏もすぎゆき 年くるる 年くるる

                        ーーソルベーグの歌



あたしは待っていました

ふるさとの庭の 柿の木蔭の下で

おまえと一緒にメダカを掬いに行った川面に

すずしくうつっていたあたしのままで

夕焼けのはずれから 一本道を遠遊びから帰ってきて

しかられて泣いたあたしのままで

小さな乳房が澄みきった空にくまどられて

白くふくらみはじめたままのあたしで



けれども おまえは

村の境い目の土橋を越えて

深い空の向うへ ふりかえることなく

どこかの人に連れていかれたまま

とうとうもどっては来なかった

切りぬき絵のようにあたしの瞼の裏に残された姿だけが

夕暮 あたしにむかって

空の中からうきあがってくる



おまえは あたしなど想像もできない

遠いにぎやかな町で

背中に子供たちの泣声を海のようにくくりつけて

自分の泣声を一度も泣いてみずに

つめたくひっそり生きている



あたしはこうして

おまえと別れた時のまま

庭の木の下から一歩も出ずに今も待っている

陽(ひ)があたしの影を

その奥でひろがらないあたしの春を

大地に描いたり消したりしていきました

そして あたしの髪は白くなりました



けれどもどうしたのだろう おまえは

おまえが出かける時 あずけていった泣声を

あたしは大事にしまって待っているのに

いつか大声をあげて泣く時を待っているのに



おまえよ おまえよ

あたしという「自分」を忘れてしまった

子守のあたしよ




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