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モナ・リザ [町のノオト]



   モナ・リザ


     Ⅰ



わたしは背景からぬけ出してここまできた

わたしの半身は 外に

こぼれかかっている

もう半分を そこへひきよせれば

背景だけを残して

わたしの姿を切りぬく 空の奥ゆきの中へ

ぬけ出すこともできる



だが空気のつめたさに触れる

ぎりぎりの接面で 不意に

立ちつくしてしまったのだ



ここに立っているのは一人の女 いいえ 

支えを失なったつかれた母親はわたしなのだ



戦いが息子をうばっていった時

わたしが貧しさの中で見失っていた

若いわたしが 不意に

浮かびあがって かけだしたのだ

それを追いかけてここまで来た



どんなに走ってみても

後も見ずにかけていった若いままのわたしに

追いつけなかったわたしは とうとう

途中からあきらめて

ひき返そうとしたのだ そして

わたしはもう ひき返すこともふみ出すことも出来ぬままに

ここに立ちつくしてしまったのだ



走りながら 虚空にむかってさし出されたわたしの手は

置きどころがなくなり

かくしようのないさびしさをかくすためのように

片手で片手をおさえ

とりもどせぬあせりとひえきった悲しみに

走りながら ひきつれ 青ざめていったわたしの顔は

やがて ゆがみ

そのまま あざ笑いに変っていったのだ


    Ⅱ


そこをどいてくれ

わたしの前に立ちはだかっている者たち

不審と疑惑の眼ざしでわたしの「女」の線を洗っている者たち

わたし自身に気づこうとせず

わたしを 背景の眺望をさえぎっている黒点としか思わぬ者

 たち

わたしの存在の裏側に「永遠」を夢み

わたしの背中にさぐりの眼をしか入れられぬ者たち そして

わたしにむかって「そこをどいてください」と言っている者

 たち



君らこそ去れ

わたしはここにはいない

ここに立っているのは わたしの疲れた影だ

いや わたしを形どる絵具が脱落しても

ぬぐい去れぬ記憶のように動きもせず

君らの後に とり残されて立っている実の母親なのだ



ああ わたしの背中がかくしているのは

「永遠」なぞではない

息子を奪われた怒りが

さびしさにまでひえていくのにも耐えた長い時間だ

埋めあわすことのできぬ穴だ

わたしの手がかくしているのは

かけ出して行ったわたしに 追いつけなかったむなしさだ

そしてわたしの「謎の微笑」がかくしているのは

「女」ではない

わたしをこの位置からさえつれ出そうとする者たちの さそ

 いを

きびしく拒絶した 声のないあざわらいだ







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