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病気 [詩]

   


   病気


 俺の半身は病気だそれで俺はいつも日蔭と日なたの境

い目をあぶなそうに歩いている



俺の病気の外には

さわやかな夏……

さわやかな太陽が

消毒液の匂いのする海の上で

空の深さを澄ましながら

溶けている



 けれども俺の病気はひんやりした蔭の中を歩いている

涼しい風が白い病院の匂いを運んでくるけれども外の光

との境い目を越えて俺の領分まで侵してくると不意に風

は見えなくなるただ死のつめたさとしてつたわっていく

そんな時ひとみに映っている青葉の枝々や木蔭の陰影の

濃さがかすかにざわめいているそしてその奥では不幸な

病気の奴が日なたとのつきあいを断って熱でうるんだ眼

を外套の襟からこわごわのぞかせてかげってばかりいる

歩道をせかせかと歩いている日のめを見ない青白い顔は

ひどくゆがんで物の言えない乾いた口をしている俺が俺

の病気を忘れた時から日なたから姿を消してしまった奴

だ……雨に濡れたまま何時までも乾かないそれで夏でも

寒むがっている日なたの乾いた歩道を歩く俺の急ぎ足か

ら遅れるのもそいつだ道に迷うのも他人(ひと)の病気をかぎつ

けて薬の匂いのする締めきった病人の家の方へ曲って行

きたがるのも遠い救急車のサイレンや電線の中の話し声

に耳をすますのもそれから電話の話し声よりも言いだせ

なかったしんとした間の気配を気に病むのもみんな病気

の奴だ……俺の病気は何時も医者の眼の外を素足で歩い

ているレントゲン光線や聴診器の外でははっきりと姿をあ

らわしているそれから医者が帰ったあとで「医者は漂白

した白衣の下で深く病んでいるのだよ」とこっそり俺に

告げるそこで俺は医者のいないところでよけいに俺の病

気を思い出す



俺の病気の外には

さわやかな夏……

さわやかな太陽が

消毒液の匂いのする海の上で

空の深さを澄ましながら

溶けている



そして俺の病気は帽子をまぶかにかぶり一層いっそう深

い蔭の中を歩いていく











 「詩学」 S33年 4月号


注 雑誌では救急車が急救車になってます。





タグ:病気
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