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痩せた手 [詩]




   痩せた手


 生きて手がさし出されていた時 あんなにも沢山の重みが

支えられ あんなにも深い水が宙に保たれていたのに 手が

ひっこめられたあとでは どのような重みをそこにのせよう

としても どんなに水をよどませようとしても ただ はて

しなく深い宙の底にこぼれてしまうだけなのを見て 手とは

何なのだろうかと思った。



 手は今迄おのれの上にしんとのせ こぼさずに支えていた

「もの」を 静まりかえった虚空と手の形に保たれた体温だ

けを残して 何処へあとかたもなく運んでいってしまうのだ

ろうか いつもさし出されてくる手のつけ根の奥に それら

をしまうどんな深い手の世界があるのだろうかと思った。



 ぼくらは気づかなかったのだ。常にぼくらの方にさし出さ

れていた一本の手は そのような奥深い手自身の世界の奥の

方からさし出されてきては その深みの上にしばらくの間不

安定な輪郭をひろげ やがてかすかなふるえを静めるととも

に 手の原型を鮮かに浮き出させて保ったあと さまざまな

重みや水や顔をのせてふたたび手自身の世界の奥へ深くひっ

こめられていったのであることを。



 一本の眼に見える手が ぼくらの方にさし出されてくる時

その手に重なりきれずにこぼれていった沢山の手があったこ

と そしてそれらの手もその時同様にぼくらの眼にふれぬ手

の世界の奥でさし出されようとしていたこと それらの手を

追いかけてきて さし出される前にさしおさえ 途中から一

緒に連れ帰っていった手もあったこと さし出される一本の

手が そのような眼に見えぬ沢山の手の間を通って出てきた

手であり それ故に いつもためらいがちにかすかにふるえ

ていたのであったことを ぼくらは知らなかった。



 やさしい手 あたたかい手 「不幸」の方へいつもまっす

ぐにさしのばされる甲斐性のある手 ひかえめで 時におず

おずしながらぼくらの悲しみをとりのけてくれ 何もないぼ

くらの手に 静かな「愛」をのせて 足音をしのばせては立

ち去り やがて自分の世界へひっこんでいった手 常に与え

つずけたそのような貧しい女たちの手をしか 手が去ってゆ

くうしろ姿をしか ぼくらは知らなかった。



 「死」が不意に その手を重そうにはらいのけ ぼくらの

前から消し去った時 そして手を誘い出すために 生きた手

がいつものびてきてつかみとっていった位置に どんな人影

を立たせ どんな顔を置いても もうふたたびさし出される

ことのない遠い奥へひっこめられたまま ぼくらの前でゆれ

ることもつかむこともしなくなった時 ぼくらははじめて

その手についての記憶を深くよみがえらせ その手がおのれ

の世界の奥にかくしていたさまざまの手をのぞき見ることが

出来た

 ふるえていた手 かじかんでいた手 遠く遠くひっこめら

れたままその後一度もさし出されることのなかった手 涙を

ぬぐった手 叫けびをおしこらえた手 顔をふかぶかとうず

め ひらきっぱなしの眼から悪い夢をぬぐってはそっと眠ら

せてやった手。

 それらの手が手自身の世界の深いところで ぼくらの眼の

前に生きてさし出されていた手を支え その手が宙に支えて

いた「もの」をも支えていたのであることを知った。



 手はいろんな手を持っていた 手の心の奥ぼくらの眼にふ

れないところに持っていた。

 つめたく横たわった体の上にその手が疲れて置かれた時

とりわけぼくらは知ることが出来た 与えつずけた手の下で

奪われつずけ 自からは与えられることなく もう自分の指

を五本ひらく以外には何も持っていない痩せた手が いくら

はらいのけても消えない鮮かさで ぼくらの方にさしのばさ

れているのを ぼくらはっきりと見た。











 「詩学」 S37年 2月号



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