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手 [詩]




   手


からになって手は

しまいようにこまった。



ポケットに入れても

体に沿って垂らしてみても

うしろにかくしてみても

重みから離れた手が居るべき適当な場所は

体のどこにも見あたらなかった。



日なたの中では隠れようがなく

蔭の中でも

どんなに深いところに身をひそめても

手の白さは消しようもなく浮び上がった。

手がかつて載せていたものを

次々とかたづけて

生の深みの中から その遠い距離を横切って

からになって自分の世界に帰ってきた時

手にかってないめざめがやってきたのだ。

めざめのはずれから

手が手であることのぬぐいようも 脱ぎようもない悲し

 みが

耳鳴りのようにはじまったのだ。



手がかつて運んだもの

手がこぼした水

破り捨てた紙。



それらは今は

もうこれ以上運ばれる必要のない場所に置かれて

自分を運んだ手を

まばたき一つせずに見ている。


    ・・    
すべてのものに見られ

見られていることの白々しい意識のめざめの中で

手には 身の置きどころがなく

隠れようもなかった。



手はおちつきもなく

体に沿って歩きまわりながら

自分の存在を問いつづけた。

しかしかえってくるものは

セキ一つ聞えない静まりと

まぶしいばかりの明るさだ。



やがて手は

あれほどに望んでいたことを

載せるものの何一つない状態を悔いはじめ

あれほどに放しつづけてきた重みを

髪一筋でもいい 髪一筋のかげりでもいい

重みと名のつくものの現れるのを

しんけんに願いはじめた。












 「詩学」 S39年 3月号



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