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ソルベーグの歌 [詩]





   ソルベーグの歌


耳のはずれに絶え間なくさわがしい

耳鳴りを消し

耳鳴りの中を歩いていた人影や犬を

そのまま 耳の外の空の中に置いて

ぼくは降りてゆく。



耳鳴りの青い底から

ぼくの内耳が汲み上げた

一筋の声をさがしに

ぼくは魂への道をたどって

自分の心の奥へと降りてゆく。

心には心の深さがあり

心の幾山河

はてしない距離がある。



そしてその遥かな心の奥から

ソルベーグの歌は絶え間なくきこえてくる。



けれども歌いつずけているソルベーグの姿を

 さがして

心をさかのぼってゆくと

ぼくの心のむこうには 父や母の心

そして 雪がいつも降りつずいているような

祖母や祖父の心があり

されにそのむこうに

心と心はほの明るくかげりあいながら

血のはずれの方までつずいてはてしない。

故郷へと帰ってゆくペールギュントの道のり

 が

幾つもの海を渡り

幾つもの広野を横切ってもなお

はてしないように。



それほどにも長い

忍耐と苦痛の年月が

ぼくらの心に過ぎ去ったのだ。



(冬は去りて

春はゆき 春はゆき

夏も過ぎゆき

年暮るる 年暮るる…………)



ソルベーグはかえりみられぬまま

長い年月を歌いつずけてきた。

にっぽんの女 にっぽんの男の不幸な魂の奥

 で。

いのちの糸車を静かにまわし

糸のはずれから

夜明けの糸目が現われてくるのを

しんぼう強く待ちつずけてきた

頭は白毛となり

月日は糸車の糸のように

ほどけていった。



にっぽんに革命が来るのはいつか。

待ちつずけているソルベーグのもとへ

ベールがやさしく帰ってくるのはいつか。

そしてぼくらの心の奥から

ソルベーグの歌が海え去るのはいつか。



ああ またぼくの耳に耳鳴りがはげしい。

ぼくの内耳が汲み上げた一筋の声のゆえに



風の中で 心は絶えずさわがしい。

ぼくは風を耳いっぱいにはらみ

耳鳴りの中へ降りてゆこう。

糸のはずれから

夜明けの糸目をほどくために

ぼくもまた ぼくの糸車を

しんぼう強くまわしつずけよう。











 (罌粟15)

 「詩学」 S39年 12月号





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